【追悼・坂本龍一 Vol.2】「ryuichi sakamoto presents: sonority of japan 点と面」CD紹介
2023年3月28日、音楽家・坂本龍一氏が逝去されました。
PACは2010年4月の第33回定期演奏会にて、氏が作曲された「箏とオーケストラのための協奏曲」を、佐渡裕監督指揮にて世界初演する機会をいただきました。初演の演奏は2011年10月リリースのCD「ryuichi sakamoto presents: sonority of japan 点と面」に収録され、今もお聴きいただけます。
当時、故・平井洋氏が運営されていたウェブサイト「Music Scene」に、音楽評論家の小味渕彦之氏が第33回定期演奏会とCDについての文章を寄稿されていました。残念ながら平井洋氏のウェブサイトは閉鎖されていますが、このたびPACのウェブサイトにて公開させていただくことになりました。Vol.1で公演レポート、Vol.2でCD紹介を掲載しておりますので、ぜひお読みください。
2010年4月に開かれた兵庫芸術文化センター管弦楽団の第33回定期演奏会で、箏の沢井一恵を迎えて演奏された2曲がCDになった。坂本龍一の「箏とオーケストラのための協奏曲」と、グバイドゥーリナの「樹影にて」が収められている。なお坂本作品のことは、演奏会開催時に私が書いたレポートに詳しい。
このCDは坂本が立ち上げたcommonsレーベルから発売されたが、店頭ではどの棚にならぶのだろう。web上では「沢井一恵」「坂本龍一」「佐渡裕」「グバイドゥーリナ」など、関連するキーワードで検索できるから、ボーダーレスな時代に、そんなことは気にしなくてもいいのだが、この演奏会のこと、そしてこのアルバムのことを知らない聴き手が、ふと目に留めて「おもしろそうだな」と買い求めて欲しいから、ちょっと考えてみた。
当然「坂本龍一」の棚には並べられるだろう。たいていの店では「Japanese Pops」もしくは「J-Pop」にあるから可笑しいのだが、「サカモト」の名前に反応する人たちが、どんな風にグバイドゥーリナを聴くのかはとても興味深い。箏の特性を縦横無尽に活用してオーケストラと対峙させたこの作品は、1998年に書かれたNHK交響楽団による委嘱作品だ。こうしてCDの音だけで聴くとグバイドゥーリナの作品でさえ、例えば坂本が近年フェネスやアルヴァ・ノト、ウィリッツと繰り広げてきた音の世界と、大きな隔たりはないように感じる。いわゆる現代音楽は純粋なクラシックマニアよりも、ヒップホップやダンスミュージックを含めたエレクトロニカ系のファンにこそ受け入れやすいのではないだろうか。
そしてクラシックのコーナーの「現代音楽」の棚にも、このCDは並んでいるだろう。この演奏会の開催時も、坂本龍一が箏で協奏曲を書くということが、コアな現代音楽ファン、そしてこのフィールドで活動する人々の間でちょっとした話題になった。西宮だけでなく、東京でも演奏会があったし、それとは別にTV番組の「題名のない音楽会」の収録があって、その一部が放送されたから、相当数の人が坂本のオーケストラ曲を聴いたことになる。賛否両論があって、どちらをどうのこうの言う気もないが、閉鎖的で少数派のこの世界に少しでも風穴が空いたことは間違いない。今をときめく佐渡裕が指揮をしたというのも見逃せないところで、オーケストラは佐渡の国内の拠点である兵庫芸術文化センター管弦楽団だから、彼らの活動の一端を記録したということにも大きな意味はある。坂本作品の弦楽器の歌わせ方に佐渡の個性があらわれていて、熱心な聴き手はにやりとしてしまう。
一つ大切なことを忘れていた、このアルバムの主役の一人はもちろん独奏者の沢井一恵だ。彼女がつま弾く箏の音が唯一無二の存在であることは、今更言うまでもない。その響きが発音されてから空気の中に消えてしまうまで、確信を持って沢井の意図が徹底されている。こんな風に音を奏でるというのは、当たり前のようでいて誰にでもできないことだ。両作品とも沢井の独奏を念頭にして作曲された。このCDは「邦楽」の棚にも並ぶのだろうか。
小味渕彦之[2011年11月]